翠嶺クラフティング

個人作家、上住断靱の活動記録

玩具じゃない

 五月の文フリ東京まで二ヶ月を切ろうとしている。長編の原稿は後半にさしかかったところで、今月中に仕上げなければ製本には間に合いそうもない。毎日、少しずつ進めていれば今頃は完成したものをようやく毎日取り組んでいる次第だ。
 花粉症が今年は酷く、薬漬けの日々である。目が痒ければイライラも積もり、勤め先に行けば常に不機嫌である。そうした人間の不機嫌に輪をかけてくる奴がいる。
 自分が有休を取るからと、早出の要求に時間外勤務の要求である。ダブルパンチだ。
 手当が出るならばいい。
 しかし、彼はサービスでやれという。それこそが古からの人情だと本気で思っているのだ。
 阿呆か。
 ただ単に私の時間が貴様から見ればタダと言っている。
 コンプラコンプラ言いながら、不合理な理由で違法を行う最低の思考回路だ。私の人としての尊厳も踏みにじっている。
 更に問題なのは、そういう面を指摘すると、怒って物を投げつけてくることである。悲しいかな、還暦を過ぎても分別のつかぬ男がいるのだ。それを野放しにしている上司も問題である。
 人には踏み込んではならない領域がある。
 普段から良いように使い回されているが、それはお賃金あってのことだ。出ないものなら証拠を集め、遅延損害金を含めて返して貰う。
 まだまだ吐き出したいことはあるものの、原稿を書かねばならない。いいことをできるだけ書いていきたいが、どうにも収まりがつかず、ここに記す。

全知全能

 今週頭に大阪は緊急事態宣言の期間を終了した。週の後半には東京の延長に合わせて自粛期間が延長になったけれど、これで会社でも予定していた時短勤務が終了するかもしれなかった。
「来週からはフルタイムか。しんどいなぁ」
 と思っていたが、時短勤務の延長が決定した。期間としては3月いっぱいだ。
 これはありがたい。
 やりたいことを少しでも進めることができるのはもちろん、気持ちにも余裕ができる。無意味に拘束される時間が一時間でも減ることは精神の余裕にも繋がる。
 今の勤め先では何故かありとあらゆることを「やっているだろう」と決めつけられて、様々なお願いや質問電話が来る。

「知らんがな」と先に言うことが多くなった。先にいた上司達はもう定年退職してしまったが、その人達がつっけんどんだったのも今では分かる。何度もやられてうんざりしていたのだ。
 ただ、私の場合は「先にやっているかどうか確認しませんか?役員さんでも、これ上住君がやってんの?て聞きますよ」とプラスアルファ言っているからまだ親切だと思っている。知っていることがあっても、担当部署に繋げる。何でも請け負っていたら首が回らなくなるからだ。
 勤め先だけかもしれないが、しっかりした人は思ったより少ない。毎年支払っている経費すら把握していないし、調べもしない勤続うん十年の人たち。他諸々でもそういった出来事が多々ある。「事務仕事が全くできない」と診断された私より、やらないのはどうなんだと思うけれど。それぐらい手を抜いたほうが生きて行くには楽なのかもしれない。
「私も体は一つしか無いし、全知全能じゃないですよ」
 中にはごねる人もいて、時々吐く言葉である。
 ……ここまで書いておきながら、電話をかけてきた相手に「私ではない」と言って、すぐに担当部署や担当者を言うから「分からなかったら、取りあえずかけとけ」みたいになっているのかもしれないと気がついた。今度から「えー……あー……」て言うようにしようかな。

3月に入る

 あっという間に2月が終わった。やることは一つ一つ達成していくしかないが、早く出版でやっていきたいという思いは強くなっていく。休日に作業が進む故にその充実感が半端ない。お賃金を貰っていても、勤め先にいる間の「何をやっているのだろう」という感情は日に日に大きくなっていくばかりだ。
 私のメンタル面もあるが、今がその時で、タイミング良く巡ってきたのではないか、と思っている。昔はできなかったが、今はできるということも多い。
 他の人と組むことで作業に〆切が出来たことも大きい。
 一人試行錯誤するより、意見を貰えるし、一つ商品を世に出すまでの修正をある程度行える。
 3月は大坂文庫の新サービスをリリースする予定だ。
 苦手な事務作業を己の尻を叩きながら進めている。
 独立して仕事をしたことがないから時々怖くなる時はある。経験したことがないことは誰でも怖い。定期的にやってきていた卒業、入学というものもなくなっている。しかし、学生の時はそれを受け入れてなんとかしてきたではないか。
 別れの季節。
 3月は会社を去る、プロローグになったと振り返られるよう一層励んでいく。

かりんとう

 YouTubeの猫動画は再生数が多い。猫が出ているだけで再生数が増える。かわいいから仕方がない。私のように事情があってペットを飼えない人間には、見ているだけで癒やされる。
 最近ちょいちょい見ているのは「猫の前でかりんとうを食べる」シリーズだ。
 猫によって反応が違うのは面白い。
 心配して「食べんな」てやる猫、「何してんの?」て顔になる猫、「またアホなことやっているな」となっている猫など様々だ。
 そこから浮かび上がってくる猫と飼い主との関係性も垣間見えて、面白いと思っている。猫の感情というのも分かるし。また、猫もかりんとうが「うんこに見える」のだということも知って、生き物の知能や感情についてちょっと考えてみたりもする。
 因みに、かりんとうをあまり食べたことがない。たまたま機会がなかっただけだけれど、お気楽にとはいえ、ダイエットをしている今では食べにくいお菓子だ。
 そういえば、かりんとうと間違えて本物を食べた漫画家さんがいましたね。そのエピソードを読むなり、あまりネタにしていると本物を食べる羽目に合うかもしれないと思うのであった。

2月という月

 年度末が近い月ということもあって、この時期に新生活の準備をするという人も多いのではなかろうか。季節柄のせいか妙な焦りを感じる。不安感というか。鬱症状のそれが出ているとは思いたくないが、ここ数日はそれに悩まされている。
 大学に進学する時は、高校に行かなくて済むこの季節に大学からの課題に追われていた。指定校推薦で11月には進学先が決まっていたのだ。
 就職先が決まり、一人暮らしを始めたのもこの季節であった。今も通う勤め先は3月から研修とアルバイトが始まるため、一足先に生活を始めたのだ。布団とPCしかなかったあの頃が懐かしい。
 プロポーズをしたのも2月であった。それから結婚生活に入るまでの準備に追われた。
 そんな感じで人生の節目を迎えた月であるから、慌ただしくないと不安に感じてしまうのかもしれない。
 自分の気持ちを静めるために、何か一つ新年度に向けた準備をしたほうがいいのかもしれない。便利道具を一つでも買ってみようかと思っている。

ダイエット

 筋トレが久しぶりに習慣化しつつある。
 日々の不養生で見事に育った脂肪の塊を燃やすことに決めた。自身の健康と活動量や、もうちょっと見た目に気を遣う自分になりたいこともあって、ちょいちょい忙しくなっては止めていた筋トレを「ちょっとでもやる」ことを心がけている。
 太ったことも悪くはない。
 服のサイズが大きくなったことにより、着られる服が増えた。しかし、これ以上大きくなるとフルオーダーになりかねない。体を絞るには丁度いい頃かなと思ったのもある。
 今は昔、学生時代は草野球をやっていたこともあって、毎日筋トレに素振りと運動をしていた。今となれば考えられない量をこなしていて、柔道の時間に運動部と組んでも推し負けなかったのもわかる。
 流石に過去やっていた量をすれば吐いてしまう。更には筋トレも効率がいい種目が開発されて、短時間で鍛えられるものも増えてきた。
 YoutubeTwitterでそれぞれ動画を見ながらこなしている。
 朝にラジオ体操変わりの10分 これはゆうトレの立ち腹筋。
 夕方は帰宅してから家事を一つこなして独房トレと自分で組んだメニュー40分
 を現在行っている。
 夕方は徐々にセット数を増やす予定だから、最終的には昔のように1時間やるようになるかもしれない。
 食事も変えた。
 朝はプロテインを少量飲んで、運動。その後にコーヒーを飲んでいる。
 昼は外食をしていたのだが、通っていたお店の体制が変わるなど環境が変わったこともあり、外食は行っても週一回とし、ビタミンとプロテインのゼリーを1袋ずつ摂取してから15分ほど外を歩いている。
 その変わり、夕飯は何も気を遣わないでと頼んで、妻が作ってくれたものをしっかり食べている。
 心持ちは「絶対厳守」ではなく、時々お菓子を食べたりすることも自分に許している。まだ健康診断で再検診にひっかかるほどではないし、気長に取り組む余裕を持つのも大切だ。
 まだまだ先は長い。見た目はあまり変わっていないようでも、ベルトの穴が一つ縮まった。
 筋トレでいいのは、体も軽くなることだ。
 不安感が強くでてしんどい時にそのまま座り込まずに活動できる。
 このまま継続して、物書きながらにガッチガチの体になりたいと思っている。

最優先事項

「~すること。よろしい?」て言い方が嫌いだ。少なくとも会社で使うものではないと思う。言われると、とても不快である。それも無意味なことに使われたなら余計だ。
 定年退職した上司がいなくなって以来、半年も経たずして、会社の労働基準法を守る体制は崩壊し、元の小さな北朝鮮に戻った。その中で幅をきかせられるのは、将軍様中心に動けるものだけである。無茶苦茶な論理も通ってしまう。
 先日、追加された「最優先事項」は役員の部屋に稟議を運び入れることであった。
 それ自体は何ら問題はない。ノックして部屋に入れるだけなのだから。全てのことを放っておいて、それを優先しろという指示は「半端ねぇ」と思うけれども。
 問題は言い方である。目ん玉ひんむいて言うほどのことなのか。と思った。私は会社の税金申告書を作っている最中であった。彼は私と歳が倍ほども違うだけで、申告書一つも作られないから他で威張るしかない。いや、威張らなくてもいいのだが。
 馬鹿らしくて、嫌気がさしてしまった。
 トイレに行くのもままならない状態となっている。
 加えて、何かあれば何でも私にくるようになった。幸いなのは、残業がないことぐらいだ。
 なんでもポイポイ仕事を放り込まれる今に、PUIPUIモルカー四話のテディを思い浮かべる。
 ただ嘆いていても仕方がない。来るべき日のために粛々と証拠集めに勤しんでいる。更に学ぶことだ。座りこんでしまいそうになるが、その度に、志半ばで亡くなった人のことを思い出し、動いている。
 退職した上司がどれだけ優秀だったかがよくわかる。
 どんなところで、盾になってくれていたか、どういう風に管理して人を回していたか、状態が悪くなった今だからこそ見えてくるものがある。私は今との対比からそれを読み取り、身につけなければならない。