大坂文庫

個人作家、上住断靱の活動記録

第四回文学フリマ福岡 報告

福岡へと向かう車中で下書きを書いている。
謂わばビールのツマミ変わりにしている。職場の数人には九州へ行くと言って、妻にも許しを得た。祖母のところにも行くからだ。
今朝、旦那を見送る老婆を見た。
旦那は振り返らずにずんずん進んでいくが、彼女は彼が曲がり角に消えるまでずっと見送っていた。いい光景だなと朝から気持ちよくなったものである。
さて、私はどうであったか。マンションのエントランスまで妻に見送って貰った。これだけでも充分だ。今朝のことが思い出されて振り返った。妻はまだエントランスの前に立っていた。
曲がり角で振り返ると、手を振ったので、こちらも振り返した。あの夫婦に負けていないなと笑みがこぼれた。
そして、新幹線。思いの外、スーツ姿の男が多い。心なしか動きが硬い。誰も酒を飲みはしない。まだ気が緩んでいないのだ。これはいけない。せっかくの一人旅が堅苦しくなってしまう。新神戸駅を出ると、私は景気よく缶を開けた。すると、あちこちで音が響いた。それで車内の空気は弛緩した。鳥が飛び立つ時の最初の一羽だ。私は最初の一羽になれたのである。
一本飲んだところで足の裏が痒くなった。疲れている時にビールを飲むと現れる症状だ。
ハスキー声の車内販売から買うことを諦め、寝た。勢いあまって博多まで行かないように自分に言い聞かせて。
祖母の家は北九州で小倉で降車だ。文フリ福岡の会場は博多だ。疲れている時はこんな明らかな違いも間違う。何度も小倉で降りるシュミレーションをした。結果、関門海峡のトンネルでいつものように目が覚めて降りられた。九州は大阪ほどのひんやりで、思ったほどの寒さではなかった。随分久しぶりだ。月曜日に有給を取らなかったことを後悔した。
祖母の家では至れり尽くせりで、何だか申し訳なく思った。いつもそうなのだが、今回は特に強く思った。
祖母に「忍嚆矢」と「忍地謡」を渡す。初めて筆名の呼び方を聞かれた。「うわずみだんじん。上本町に住んでいる靱帯を断裂した人って意味やで」というと黙って頷いていた。
翌日の土曜日は祖母とゆっくり過ごした。買い物にも行き、お茶も飲んだ。いつも行く福岡事務局の前日作業には参加しなかった。皆の顔も見たかったが、私の生家と祖母との時間を優先させて貰った。この日は北風が強く、高圧線が線をぶつけあっていた。その音が「B29が来たときのようだ」と祖母は言う。私は黙って頷き、その音に聞き入った。
電子書籍でシベリア抑留の話を書いたと聞いた祖母は自身の戦争体験を語った。
大変であっただろうが、笑い話が多く混じっていて家風を感じる。父方のほうはそうでもなかった。
翌、日曜日は第四回文学フリマ福岡。
今回は抽選も出たので次回は会場が変わるであろうから、最後の天神ビルである。
入場までに11階まで上がるという手間があるにも関わらず多くの人が参加した。そして、大坂文庫にも「これメインできました」という方まで来た。そういった声があるとついつい嬉しくて、頑張り過ぎてしまった。帰りの新幹線ではずっと寝ていたほどだ。
プラリと江戸時代のカメラで撮影する人までやってきて、私のブース周りは退屈しなかった。
段々段ボールがくたびれかけていたところ、懇親会で段々段ボールNEOの存在を知る。東京参加では新規購入する、かもしれない。
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今回初参加の人も多く懇親会に参加しており、中にはレア古参の方もいた。
ピッチャーを二杯ほど空けた気がするが、するだけで気のせいだろう。ともあれ、今年は無事に帰阪した。
次回は会場も変わってルイヴィトンの横から入る。
来年はもっとのんびりできるように有給を勝ち取ろうと心に誓った。