翠嶺クラフティング

個人作家、上住断靱の活動記録

住み慣れた町を離れて

もう九年ほど前になる。地元伊賀を出て、大阪は上本町で独り暮らしを始めた。
この頃、横文字のペンネームを名乗っていた私だが、ある人気声優グループ名を被ったことにより、変更を余儀なくされる。
あれこれと考えた末に横文字をやめ、今日まで気に入っているものに変えた。
「上住断靱」は上本町に住んでいる靱帯を断裂した人という意味だが、この時、上本町に出てきていなかったら、もっと違うペンネームになっていたかもしれない。
その後は谷町を五丁目に行ったり、七丁目に行ったりと近隣引越をした。
「谷六断靱」と茶化す友人もいたほどである。
しかし、今回、手狭な上に家賃は高く、我が薄給ではこの界隈で広い家に住めぬことから、上本町近辺から離れることになった。
織田作之助とも縁深い、この地域を離れることは些か淋しくはあったものの、出世して戻ってこれるように頑張ろうと意気込んでいる次第だ。
妻などは東京から大阪に来た。
私なぞ二駅離れた地域に引越しただけである。項垂れてはいられない。大阪は狭いところで、少し外れただけでディープな場所になったりするから油断ならない。
しかし、新居は割と広く、作業部屋と寝室が完全に分かれたことで何かと捗っているのは事実である。

出雲冒険記3 二日目

二日目。朝食はバイキングだ。毎度ながら皿いっぱいまで入れられない性分である。
そもそも毎朝食べていないので、旅行ならではの行為といえよう。あまり食べられないが楽しみの一つだ。
食べてからは部屋でひとしきり休む。
もう十年以上付き合いのある男二人旅で、体力を優先することが多くなった。
因みに予定では萩に行き、金子みすゞ記念館を訪問するはずだったが、宿から片道五時間とかなりハードだったので断念した。
この日は石見銀山と島根海洋館に行くことになった。

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到着するなり、老婆が二時間半かかるガイド付きを案内しようとする。
我々の行程にそんな余裕はなく、断ってバスで移動した先を自転車で20分ほどこいで坑道に入った。
この自転車道、「ゆるやかな上り坂」と聞いたので、200円をけちって電動アシストにせず、普通の自転車で行った。結果、汗だくのへとへとになり、友人から叱られる始末。しかし、坑道が涼しいこともあって、汗はひっこんだ。

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ここは明治以降に拡張したらしく、広くなっている。
江戸時代はこれぐらいの狭さで先は危険なので見るだけとなった。

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こんなところに蝋燭片手に行くとは中々勇気がいることだと思うのは私だけだろうか。

さて、もう一つ石見銀山には見所がある。
毛利と尼子が石見銀山をめぐって死闘を繰り広げた山吹城だ。

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しかし、山吹城は物見遊山には入れない現状であった。

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流石に軽装でこの道を行くのは憚られ、城からは石見銀山の全てが見渡せるであろうことを思いながら、本丸付近を撮影して自転車にまたがった。

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この後、島根海洋館に行き、存分に癒やされたのだが、あまり写真を撮っていなかった。「どこにでもある水族館でしょ」と思いながら言ったけれど、思いの外楽しめた。アルビノのナマコ写真はTwitterにあげた。

出雲冒険記2 一日目

今回は初の往復長距離運転に挑戦した。
以前、第一回文学フリマ金沢の合宿に参加するために車で参加した時は片道だった。それ以降の運転も交代で、ずっと私が運転することは初めてだ。
とはいっても、日頃の仕事で運転しているから不慣れではない。レンタカーでは仕事のオンボロより、いい車に乗れるので気持ちがいい。
箕面で友人を拾い、まずは鳥取砂丘を目指した。
鳥取砂丘では運良く雨があがり、少し風がふく中を歩いた。
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人が点のように見える。距離があるのは分かっていたが、砂に足をとられ、思ったより汗だくになった。
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苦労して見る景色は美しい。皆、無言で見ていた。

友人が砂の美術館も見たいということで訪問。なかなかの大作が並んでいた。
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昼は松江城に向かう途中のサービスエリアで大山ラーメンを食べたが、店内にハエが飛び交い、二人で顔をしかめて早々に席を立った。
松江城では生憎の大雨が待っていた。
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天守見学のために券を買うのにひと騒動あった。
券売機でおばはんが奇行にはしった。仕方なく窓口に並んだが、阪急公社のガイドが割り込んで、九人ぐらいのチケットを買った。すぐに終わるならいいものの、それがまた遅い。
私は友人に一連の話で悪態をつきながら、松江城天守の階段を上った。いつか信州で聞いたミニスカートのエピソードを思い出しながら。
途中、なぜか顔はめの板があり、雨でやけくそになっていた二人ははまっておいた。f:id:duwazumi:20180922170122j:plain
続いては小泉八雲記念館へと向かった。ここで雨足は弱まっていた。私たちが入った時は人が少なく、落ち着いて見学できた。旅先で城と文楽館を訪れることは恒例になっている。
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ここで一日目の行程は終了。
玉造温泉へと向かった。文学フリマ大阪であちこち痛む体をリフレッシュする時だ。
旅館のプランには夕飯なし。
温泉街の店を教えてもらい、そこへ行く。
昔はスナックだったであろう居酒屋でのどぐろの干物と出雲そばを食べた。
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温泉でひとっぷろ浴び、お土産屋で適当なつまみを買う。瓶ビールは割高だが、部屋に持ってきて貰った。色々と話し込んで一日目を終えた。
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出雲冒険記 出発まで

出雲は今回で三回目だ。
しかし、過去二回は仕事だった。出雲大社にはろくすっぽお参り出来なかったが、良い妻を貰ったもので、木札を返してお礼をすることと、厚かましいことに新たに祈願する機会がないかと思っていた。
今回の旅行は大学からの友人とである。
しかし、妻も行けるならと誘ってみた。内心はビクビクしていた。引っ越しの金もないのに旅行に行くのかと説教されるかと思っていたのだ。
そんなことはなく、妻は家で引っ越しの準備を。私は旅行に行ったが見送ってくれた。私がずっと運転をするので、しんどい時は妻の顔がよぎって助けてくれた。
後の気持ちは記事がなくなるので省略するが、文フリ大阪後の休みを気持ちよく過ごし、長距離運転をこなしてきた。
旅は好奇心を片手に楽しむものであるが、今回は色々と挑戦した。タイトル通り、冒険である。

高校時代の話

私は頑なに「いじめられていない」と否定していた。
今となっては、いじめられていたと思う。しかし、色々な人に否定されたので、いじめられていたと認め、その上で性格がゆがんでいたと思うのだ。
かつての私は格闘技経験者と草野球のために筋トレしていたこともあり、それなりに頑丈であった。だから、私が気に入らない人間は「柔道」の時間に容赦なく締め上げていたのだ。
投げるだけでは我慢ならず、容赦なく「オェッ」と涙目になる絞め技をしていたのである。しかし、それは爽快であった。私に偉そうにしている人間が涙目で救いのギブをするのだ。そんなことが出来るいじめられっ子は少ないが、私にはそれができた。それが私の幸せだ。
「こいつは真の底まで弱いクソ野郎であるのに、日常ではそれを取り繕っている」
このことから私が学んだのは次の二点だ。
・筋肉は裏切らない
・人間は身勝手である
後者に関しては小説の題材となっている。
クソ人間はその行いに対していつかは報いを受ける時がくるのだ。
だからこそ、いじめられて苦しんでいる人を見ると、とても苦しくなる。今の私では、その悪を絞めることも出来ないのだ。

家を移す

また引越することにした。
思い立ったが吉日である。去年、四苦八苦して物件を探したのは、それはそれで意味があったといえよう。今度は家探しをしたことがない妻の出番である。とはいって、彼女一人に任せっきりではない。
去年はある程度、安定を考慮していた。それはファーストステージを用意する案内キャラクターの気持ちであった。今回はちょっと違う。
今回は、東京から来た妻が望む引越で、それならば物件を見に行こうと連れ出したのは私だ。
これから先、家を買うならば経験しておくべきことがあると思った。
これは上から目線だ。しかし、独り暮らしとそれがないとでは、大きく異なる。これは分かる人にしか分からないことだ。
結果として、現実的なところに落ち着いた。
その課程は端折るが、この人と結婚して良かったと思う惚気に終わる。

気がつけば二週間

文学フリマ大阪の準備が大詰めだ。今年も色々あったが、知恵と工夫と血と涙でどうにかなっている。少しこっちに力が入るとブログのほうが疎かになって二週間も更新していなかった。
もう少しのことだけれど、この期間が一番慌ただしい。
会社の夏休みは文学フリマ大阪終了後に取ることにしたので、それを楽しみに黙々と取り組んでいる。