翠嶺クラフティング

個人作家、上住断靱の活動記録

バリア

どうにも病の方が中々強力に出張ってきているようで、体の中でうずを巻いている。立ち止まると、そこでうずくまってしまうから、無理にでも動いている。もうすぐ結婚して二周年になるうえ、第一回の文学フリマ大阪から七年も経つという時にどうしたもんだと思う。
丁度、季節の変わり目なのもあるだろう。
仕事先では慶弔届けが毎日のように提出されるし、職業安定所は繁忙期でずっと混んでいる。新生活で浮かれる人あれば、春の暖かさに気が抜けて死ぬ人もあり、引っ込んでいた病理に悩まされる人もある。
筋トレは辛うじて続けているものの、筋肉だけでは全てを封じきれぬらしい。幸いにして、話を聞いてくれる友人や応援してくれる人たち、妻がいることで、宗教の勧誘をはじき返すぐらいの体力は残っている。

UFOキャッチャー

最近、大学時代の友人と飲みに行くと、一軒目の後にゲームセンターを挟むことがある。昔のように長く遊べるゲームは少ないものの、ゲームの種類は規模によるが多種多様だ。友人はFATEに行くので、私は他のゲームをする。
UFOキャッチャーはコツを高校生の時に教えて貰って依頼、割と得意になった。十何年経っても、基本の攻略方は同じなのである。高校生といえば好きな人ができて、デートにも行く歳だ。UFOキャッチャーで全然だったという話にH君という友人が自分の奥義を伝授してくれたというわけだ。
H君曰く「デートに誘う勇気があるのは素晴らしい」「上手く行って欲しい」とのことで、懇切丁寧に教えてくれた。
今、思うに大分いい人なのだが、当時の私はそこまでH君に恩義を感じなかった。あの時の私に渇を入れたいと思う。また縁があればH君に御礼を言いたい。
足が遠のけば腕が落ちるのは当たり前で、久方ぶりのゲーセンでは全く取れなかった。
しかし、行くようになれば徐々に腕が上がってくる。
景品系のゲームは一発で取れないものも多い。
形状、アームの強さ、当たり判定(景品の動き)、これらを見ながら確実に落とすのである。
ちょっと前に欲しいスマホケースを取るところから再燃したUFOキャッチャー。スマホケースゲット戦で出会った店員さんが「ゲームなんで取れなきゃ面白くないですからね」と言った。昔からの偏見でゲーセンは絶対に景品を取らせたくないものだと思っていた。それとの勝負だと思っていたが、そうではない。これはゲームだと思うようになってから、気楽に挑戦できるようになった気がする。
要はコツはあるけれど、それは基本。現地でその機種にあるクセを読み取って景品を取るのだ。なんとも臨機応変さが面白いではないか。そんなわけで新しい趣味になりつつある。

脳内執筆

今日の職場は二人欠けていた。一人は出張、一人は有休だ。その二人分の日常業務をこなしつつ、役所に提出する書類を仕上げるというアクションに富む一日だ。しかし、前もってそのことは知って事前準備をしていたから、それほど難しいことではない。
受付の業務もあった。普通の会社なら美女だが、この会社は通常、おっさんで、おっさんがいない時は当番で持ち回りする。今日はその当番日でもあった。
簡単な仕事なら受付でもできるが、私の持っている書類は個人情報満載なので、そこらへん持ち歩いたりできない。前もって知っていたのに、勉強本を持ってくるのを忘れた。こっそりとスマホKindleアプリで「半七捕物帖」を読んでいた。
来客はそれほどない。
九時前は新高校生とその親が入学式に向かうべく歩いていく姿が多かった。
以外と父親のみの同伴という親子も多く、その父親が有休か半休かどちらを取っているのかどうか想像したりしていた。
その内に、眠気が襲ってきたので立ち上がって受付室を歩き回りながら、自分が書く小説のことを考えていた。小説を読んだ後だと、読んだものの文体で今の状態を描いてみる。
今日の職場で一番平穏な時間であった。
脳内で書いた小説はかたちに残らなかったが、またどこかで発揮される時がくるだろう。
小説も大事であるが、目下考えなければいけないことは、家庭でのイベントである。四月は大事な月だ。何かイイ意味で相手が驚くものを、と思うのだが、まだ思いつかない。

退廃

気がつけば三日ルーチンのブログ更新もここ暫くできていない。FF14はネタがないときは諦めることにしているからいいとして、こっちとnoteはせめて更新しようぜと自分に言い聞かせる。続けることは斯くも難しい。
本日はエイプリルフールより改元で、勤め先の話題も朝礼からそれであった。
「今日から元号が変わります」
役員の挨拶でいきなりカマされて、すっころびそうになった。しかし、どうやら本気で言っているらしい。皆、やさしいので彼が裸であろうとも、服を着ていると言ってくれるような人たちばかりだ。私も退職金が惜しいので、今は素直に従っておく。
会社は一日から慌ただしいことばかりで、将来は全部エッセイにしようと思うような事件ばかり起こった。
昔ほどに気にしなくなったのは、いつも心に辞表を持っているからだろう。
それでも疲れるものは疲れるから、自分がサラリーマンにむいていないことを痛感するばかりだ。かといって、最近はめっぽう書いてもいない。ぶち抜くほどのことをしていないのにクヨクヨしている。
職場も本格的に人手不足になり、以前は「それやったことない」で許されていたことも、「やれ」と言われるようになった。いいことだ。逃げてきた人間が苦しんでいるだけだ。今まではやる人間だけが損をして、何もしない人間が得をするような環境だった。変化に適応できないものは苦しむしかない。
しかし、自分にも言える。
今いる場所から変わりたければ、それ相応の行動をしなければならないのだ。自分から変化を作れなければ退廃していくだけだ。それでも生きていればいいと思うのだけれど、自分はどうにも苦しくなってくる。
まとまりが悪くなったけれど、なんとかあがいているということだけ。

ハイスコアガール完結

本日発売の10巻でハイスコアガールが完結した。色々あったけれど、無事に完結してよかったなぁとしみじみ思う。
帰宅してから読もうかと思ったが、我慢出来ずに出社前にKindleで読んだ。すっきり終わった。そして最後に男をみせるハルオに胸を打たれた。今まで見てきた読者が彼の成長を一番に感じているだろう。
言った!遂に……言った!
この上なくあっさりとしているが、最高にきまっていた。
ネタバレしないように書くのが難しいけれど、勝って全てめでたしではなく、挑み続けていくという彼の言葉を涙なしには読み終えられない。
終わりも、「ステージを一つクリアしたにすぎない」ときた。彼の十代を追ってきた読者にその先を想像させてくる。後日談があれば読みたいなと思う結末だった。

最近は漫画

最近は家で小説を読む数が減っている。そういう時期らしい。そうしている内に各地のイベントで買った同人誌が積みあがっていくのだが、こればかりは仕方がない。そういう時にシフトするのを待つだけだ。
kindleは常におススメ商品が出てくる。流石にこれは面白くないだろ、と思って買うとおススメだけあって、見事にはまって全巻買いしてしまう。それで読みふけって一夜明かすこともままある。
または、Twitterで紹介されていた漫画に興味をもって、kindleで販売されていれば読んだりもする。
先週は「天は赤い河のほとり」を全部読んだ。二日酔いの土曜日はすべてこれに消化された。家を出ずして、全部そろえてすぐに読める時代だ。なんとも恐ろしい。ただ、そのまま生きていれば出会えなかったであろう作品たちを読み漁れるのは何とも幸せなことである。
今年はコミックスも完結する漫画が多い。
闇金ウシジマくんハイスコアガールも終わってしまう。
完結は一種の喪失感があるけれど、完結していることのありがたさも感じる。
財布のひもを縛らなければ、諸々の活動に滞りが出てしまうのに、この欲求にはなかなかあらがえない。

五周年

友人の会社が五周年で周年記念の飲み会があった。
グラブルと同い年だね」という妻のネタをそのまま使用して、ウケをとりつつも、久しぶりに会う社員さんたちと会話して、日付が変わるまで飲んだ。吐くほどまではいかなかったが、次の日はダウンしていた。
顔を出すと、紹介は作家となっており、それだけで飯を食っているわけではないから、むず痒く感じるところはある。ただまあ、最近は「得体の知れない奴」とよく思われるから、その紹介で納得する人が多いからそれでいいのかもしれない。
ただ飲んで帰るわけではない。
色々と話をしたり、大坂文庫の宣伝も兼ねている。
銀行の話をあまり聞かれなくなったのは、面白いなと思った。友人も会社を起こして頑張っている。私もだいぶと遅れている組だが、頑張ろうと思った。