大坂文庫

個人作家、上住断靱の活動記録

上住死して、なでしこのうどんを残す

かつて織田作之助自由軒のカレーを残した。

大阪で物を書く上住は何を残すか。特筆すべきは「純愛うどん なでしこ」である。なでしこの大将はうどんキチガイだからだ。

「うどんキチガイ」と書くと、誤解が生まれるかもしれない。

彼は休みの日に息子の面倒を見る良い父親で、年上の嫁さんとも上手くやっているこの平成の世で言う粋な男である。だから、丁寧な言い方をすれば、なでしこの大将はどこまでも「うどんに素直」な男なのである。

なでしこのうどんは手打ちだ。

取引先にしようと乗り込んだ上住が初日に旨いうどんを食べ、二日目にパサパサのうどんを食べて、「このうどん屋はもつのか?」と思ったのが二年前だ。それほどに手打ちは難しい。

二年経った今日、上住はなでしこの二周年パーティーに呼ばれ、旨い酒とうどんを振る舞われた。ここまで続けて来たのは大将が一重に「うどんに素直」だったからだ。どこまでも、味を求めて、食べて試行錯誤し、遂には「どこの製麺所使っていますか?」と聞かれるほど安定した手打ち麺を打つようになったのだ。

その模様を見ていて、年に二回しかない彼が酒を飲んでこねるうどんを食べられて心底幸せである。物書きとして、「文学に素直でありたい」と思わせたうどんを打つ背中を彼は持っている。それは、なでしこの花言葉であるように、「子供のように無邪気なままで」自分の人間を遊び尽くしたいと思わせるのである。
風邪をひいて俯いた日には鳥の天ぷらを「元気出して」と差し出された日もあり、大将が少し困った時は我が全身全霊を賭けた事もあった。分野は全く違っても彼は間違いなく私の心を打っていた。

振り返って涙したほどである。決してビンゴで二回ビンゴを当て、半年間トッピング無料という栄光を手にしたケチ臭い嬉し涙ではない。

余談だが、今日初めて「上住断靱」である事を大将に告白した。大将としては上住という謎の客の正体がやっと解けたらしい。全然違う人に「上住さんですか?」と聞いた事もあり、DMを送ろうかとも思っていたという。今日はそういう意味でも良い会であった。

百年経って、大将も上住がいない世の中になっても、「なでしこのうどん」と言って、文学青年が上住を思いつつ、大将の味を受け継いだ何代目かの弟子が打ったうどんに舌鼓を打つ未来を願って止まない。文学フリマ大阪の際には聖地巡礼の地にして欲しいほどだ。

彼のうどんに対する情熱を味わえるのは東大阪は布施で火~日(但し明日は休み)。現在、「第一回ひやかけ王座決定戦」というイベントを主催しており、参加店舗のひやかけの味を競っている。