読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

大坂文庫

個人作家、上住断靱の活動記録

半沢直樹とのつきあい方

大阪ミナミは上住の庭である。

若気の至りで西成の路上で昏倒した事もあれば、喫茶青山にいる美人店長を追いかけた事もあった。

そのミナミで会社を辞めた同期と一年ぶりに会う。

たまたま予定がなかった他同期も会し、「飲み屋は任せる」と言われ、先頭をプラプラ歩きながら最初は居酒屋、次はバーで飲んだ。バーは皆、気に入ったようで「ちょっと良い店がある」と女の子を連れてこようと算段していた。

男五人集えばゲスな話にもなり、「ぶりっ子は生理的に無理」と二人は同意し、「女どころか風俗嬢も怖い」と一人は童貞を告白した。

そして、振り返った話題であがるのは「半沢直樹」である。

金融マンで「半沢直樹」を辛いという人間もあれば、素直に楽しんだ人間もいる。

飲みの席では4対1で辛い人間が多く、上住は1側で漏れたが「あんな風にいくわきゃないやろ!」と思うか、「あのムカムカする部分は秀逸で素晴らしい。でも、あんだけ出来るなら半沢起業すりゃいいのに」と思うかの違いである。

半沢直樹がかっこ良すぎて辛い」と思うのは、ああいう風にやりたいと思うから辛いのだろう。現実としては空気を読まなければならないという強迫観念がつきまとう。4側は客から「半沢」の話題をふられたら適当に話を合わせたらしい。

私は不真面目な男だが、その点は真面目である。「半沢」が非現実で辛い部分を抽出してお客さんは話題をふっているのに、「それは絶対にありえない」と否定してしまうのはニーズに応えていない。彼のような発言をすれば角が立つけれど、金融マンは誰もが半沢直樹になれるのだ。お客さんからは金融マンらしくない、金融マンを求められているのだ。「半沢直樹」がどこまで創作か知りたいのだ。創作して教えてやれ。もうこのくそ暑い時期に白い長袖シャツばかり買う時代ではない。「金融マンに相応しい」という幻想を「半沢直樹」な殴ってくれた。まあ、多くの金融マンは目覚める事なく号泣したようだが。

細かい話はいつか小説にするとして、金融マンが「半沢直樹」から学ぶべきは上司に反抗する事ではなく「自分ではどうしようもない」という社畜根性を捨てる事だろう。「金に対するアドバイス」が出来るのだから。「上司もお客さんも説得する」という心構えが必要だと思う。上住はその辺いい加減で上司には助けて貰っているし、お客さんからも助けて貰っている。

そして今日も二日酔いである。